2022年11月1日 星期二

追楓日本2022

 追楓日本2022   

 台北青森-(步行)聖徳公園, (友人)弘前城跡,》(友人) 十和田八幡平國立公園八甲田山(Mt. Hakkoda),酸ケ湯温泉,蔦沼,十和田湖,奧入瀨溪(14g公里溪行--(奥入瀬渓流館>Nenokuchi Parking Lot子ノ口)(新幹線)秋田角館,久保田城,田澤湖》(新幹線)盛岡(櫻山神社,盛岡城跡》(新幹線)一關》(JR) 平泉(世界遺産平泉ポスト)>(友人)中尊寺,毛越寺,觀自在王院跡)》(新幹線)大宮公園,冰川神社,大和田公園)》(新幹線)輕井澤(雲場池 Komoba Pond,神宮寺)>(友人) 中輕井澤 ( 榆樹街小鎮 ハルニレテラス,軽井沢星野エリア)》(新幹線)東京上野恩賜公園 》台北


日本の友に導かれた、錦秋の旅

日本(にほん)の友(とも)に導(みちび)かれた、錦秋(きんしゅう)の旅(たび)

国際連盟(こくさいれんめい)の事務総長(じむそうちょう)に就任(しゅうにん)して以来(いらい)、私(わたし)は日本支部(にほんしぶ)との交流(こうりゅう)を積極的(せっきょくてき)に深(ふか)めてきた。その長年(ながねん)の友情(ゆうじょう)が、やがて一(いっ)か月(げつ)余(あま)りにわたる「日本紅葉紀行(にほんこうようきこう)」を実現(じつげん)させてくれた。

台北(たいぺい)から青森(あおもり)へ飛(と)び、最初(さいしょ)に聖徳公園(しょうとくこうえん)を歩(ある)いた。澄(す)みきった北国(きたぐに)の空気(くうき)の中(なか)、木々(きぎ)はすでに秋(あき)の色(いろ)を帯(お)び、長(なが)い旅(たび)の幕(まく)が静(しず)かに開(あ)いた。

普通列車(ふつうれっしゃ)に乗(の)って弘前(ひろさき)へ向(む)かい、弘前城跡(ひろさきじょうあと)を訪(たず)ねた。城跡(しろあと)を包(つつ)む紅葉(こうよう)は、赤(あか)、黄(き)、橙(だいだい)の色(いろ)を幾重(いくえ)にも重(かさ)ね、まるで津軽(つがる)の秋(あき)が描(えが)いた一幅(いっぷく)の絵巻(えまき)のようであった。

その後(ご)、JRバスで十和田八幡平国立公園(とわだはちまんたいこくりつこうえん)へ入(はい)った。八甲田山(はっこうださん)、酸ヶ湯温泉(すかゆおんせん)、蔦沼(つたぬま)を巡(めぐ)り、やがて静謐(せいひつ)な十和田湖(とわだこ)へと至(いた)った。

旅(たび)の中(なか)でも、最(もっと)も忘(わす)れがたいのは奥入瀬渓流(おいらせけいりゅう)である。日本(にほん)の友人(ゆうじん)が細(こま)やかに手配(てはい)してくれたおかげで、奥入瀬渓流館(おいらせけいりゅうかん)から子ノ口(ねのくち)まで、約十四(やくじゅうよん)キロの渓流沿(けいりゅうぞ)いを歩(ある)くことができた。

清流(せいりゅう)は岩(いわ)の間(あいだ)を白(しろ)く泡立(あわだ)ちながら走(はし)り、大小(だいしょう)の滝(たき)が森(もり)の奥(おく)から姿(すがた)を現(あらわ)す。足元(あしもと)には落葉(おちば)が積(つ)もり、頭上(ずじょう)には燃(も)えるような楓(かえで)が広(ひろ)がっていた。水音(みずおと)を聞(き)きながら歩(ある)く十四(じゅうよん)キロは、単(たん)なる散策(さんさく)ではなく、秋(あき)そのものの懐(ふところ)を歩(ある)くような時間(じかん)であった。

子ノ口(ねのくち)に着(つ)く頃(ころ)、森(もり)の光(ひかり)は次第(しだい)に柔(やわ)らかくなり、十和田湖(とわだこ)の水面(みなも)が夕空(ゆうぞら)の色(いろ)を映(うつ)していた。友(とも)の厚意(こうい)がなければ、このように心(こころ)ゆくまで奥入瀬(おいらせ)の秋(あき)を味(あじ)わうことはできなかっただろう。

秋田県(あきたけん)では、友人(ゆうじん)が車(くるま)で角館(かくのだて)、久保田城(くぼたじょう)、田沢湖(たざわこ)の間(あいだ)を案内(あんない)してくれた。

「みちのくの小京都(しょうきょうと)」と呼(よ)ばれる角館(かくのだて)では、黒板塀(くろいたべい)の武家屋敷(ぶけやしき)と紅葉(こうよう)が美(うつく)しい調和(ちょうわ)を見(み)せていた。久保田城跡(くぼたじょうあと)には佐竹氏(さたけし)の歴史(れきし)が残(のこ)り、田沢湖(たざわこ)の深(ふか)い瑠璃色(るりいろ)の湖面(こめん)は、周囲(しゅうい)の紅葉(こうよう)を静(しず)かに映(うつ)していた。

新幹線(しんかんせん)で盛岡(もりおか)へ向(む)かうと、そこでも友人(ゆうじん)が待(ま)っていてくれた。櫻山神社(さくらやまじんじゃ)や盛岡城跡(もりおかじょうあと)を歩(ある)きながら、南部氏(なんぶし)が築(きず)いた盛岡(もりおか)の歴史(れきし)について詳(くわ)しく解説(かいせつ)してくれた。

さらに、東北地方(とうほくちほう)を代表(だいひょう)する戦国武将(せんごくぶしょう)、伊達政宗(だてまさむね)の生涯(しょうがい)と功績(こうせき)にも話(はなし)が及(およ)んだ。政宗(まさむね)は仙台藩(せんだいはん)の基礎(きそ)を築(きず)き、城下町(じょうかまち)を整備(せいび)しただけでなく、慶長遣欧使節(けいちょうけんおうしせつ)をヨーロッパへ派遣(はけん)し、海外(かいがい)との交流(こうりゅう)にも目(め)を向(む)けた人物(じんぶつ)である。片目(かため)の英雄(えいゆう)「独眼竜(どくがんりゅう)」として知(し)られるが、その視野(しや)は海(うみ)を越(こ)えるほど広(ひろ)かった。

一ノ関(いちのせき)からJRで平泉(ひらいずみ)へ向(む)かい、世界遺産(せかいいさん)の中尊寺(ちゅうそんじ)、毛越寺(もうつうじ)、観自在王院跡(かんじざいおういんあと)を訪(たず)ねた。奥州藤原氏(おうしゅうふじわらし)が願(ねが)った浄土(じょうど)の世界(せかい)は、華(はな)やかな栄華(えいが)が失(うしな)われた後(あと)も、静(しず)かな庭園(ていえん)と古(ふる)い礎石(そせき)の中(なか)に息(いき)づいていた。

「夏草(なつくさ)や 兵(つわもの)どもが 夢(ゆめ)の跡(あと)」

松尾芭蕉(まつおばしょう)の句(く)を思(おも)い浮(う)かべると、目(め)の前(まえ)の紅葉(こうよう)さえ、歴史(れきし)の栄枯盛衰(えいこせいすい)を語(かた)っているように見(み)えた。

さらに大宮公園(おおみやこうえん)、武蔵一宮氷川神社(むさしいちのみやひかわじんじゃ)、大和田公園(おおわだこうえん)を巡(めぐ)り、新幹線(しんかんせん)で軽井沢(かるいざわ)へ向(む)かった。雲場池(くもばいけ)は「スワンレイク」とも呼(よ)ばれ、水面(みなも)には錦(にしき)のような紅葉(こうよう)が映(うつ)っていた。

神宮寺(じんぐうじ)を訪(たず)ねた後(あと)、友人(ゆうじん)の案内(あんない)で中軽井沢(なかかるいざわ)のハルニレテラスと軽井沢星野(かるいざわほしの)エリアへ向(む)かった。湯川(ゆかわ)の流(なが)れに沿(そ)って並(なら)ぶ建物(たてもの)は森(もり)と溶(と)け合(あ)い、都市(とし)の喧騒(けんそう)を忘(わす)れさせてくれた。

旅(たび)の最後(さいご)は、東京(とうきょう)の上野恩賜公園(うえのおんしこうえん)であった。友人(ゆうじん)は朝早(あさはや)くから公園(こうえん)へ出(で)かけ、私(わたし)たちのために「桜王(さくらおう)」と呼(よ)ばれる名木(めいぼく)の近(ちか)くに場所(ばしょ)を確保(かくほ)してくれた。

春(はる)には桜(さくら)の名所(めいしょ)となる上野(うえの)も、この季節(きせつ)は銀杏(いちょう)と紅葉(もみじ)が金色(きんいろ)と深紅(しんく)に輝(かがや)いていた。けれども、私(わたし)の心(こころ)を最(もっと)も温(あたた)めたものは、美(うつく)しい景色(けしき)だけではなかった。朝早(あさはや)くから場所(ばしょ)を取(と)り、遠方(えんぽう)から迎(むか)えに来(き)て、歴史(れきし)を語(かた)り、旅路(たびじ)を支(ささ)えてくれた日本(にほん)の友人(ゆうじん)たちの真心(まごころ)であった。

この一(いっ)か月(げつ)余(あま)りの旅(たび)は、単(たん)なる追楓旅行(ついふうりょこう)ではなかった。それは国際交流(こくさいこうりゅう)から生(う)まれた友情(ゆうじょう)を確(たし)かめ、日本(にほん)の自然(しぜん)、歴史(れきし)、文化(ぶんか)、そして人情(にんじょう)に触(ふ)れる旅(たび)であった。

紅葉(こうよう)は季節(きせつ)が過(す)ぎれば散(ち)ってしまう。しかし、旅先(たびさき)で受(う)けた友情(ゆうじょう)と温(あたた)かな心遣(こころづか)いは、散(ち)ることなく、今(いま)も私(わたし)の記憶(きおく)の中(なか)で鮮(あざ)やかに色(いろ)づいている。

弘前城跡








青森-(步行)聖徳公園



輕井澤(雲場池 Komoba Pond,神宮寺)




























































































































































 中輕井澤 ( 榆樹街小鎮 ハルニレテラス,軽井沢星野エリア)

長野縣輕井澤町矢ヶ崎公園


住宿旅店

Warmth of Karuizawa Pension Sato

軽井沢ペンション 佐藤のぬくもり


軽井沢聖パウロカトリック教会


神宮寺

軽井沢ショー記念礼拝堂


諏訪神社

















軽井沢・プリンスショッピングプラザ








軽井沢星野エリア














榆樹街小鎮

ハルニレテラス


















雲場池Komoba Pond















































































































秋田千秋公園












































秋田

久保田城 表門



秋田久保田城跡




盛岡城跡


































中尊寺













毛越寺本堂








































































Turret of Kubota Castle

久保田城 御隅櫓












八幡秋田神社






秋田縣立美術館




























角館 武家屋敷通り







































Oirase Onsen

奥入瀬渓流温泉














































































十和田湖
























































































































燒山



蔦沼























Suiren-numa Pond

睡蓮沼


















八甲田ロープウェー 山麓駅





























































Kayano Kogen

萱野高原







弘前公園






































































上野公園


















十和田湖

奧入瀨溪
奥入瀬渓流館

秋田角館

久保田城

田澤湖

盛岡櫻山神社

盛岡城跡


























































一關

 平泉(世界遺産平泉ポスト)中尊寺

毛越寺

觀自在王院跡

大宮公園,冰川神社,大和田公園



東京上野恩賜公園 


   

   

面具之後,仍是那一夜的歌聲 The Phantom of the Opera

面具之後,仍是那一夜的歌聲 The Phantom of the Opera 每次來到倫敦(London),無論是獨自旅行,還是帶著學生參加遊學團,只要夜晚尚有一點空隙,我總忍不住走向燈火燦爛的西區(West End)。到了紐約(New York),只要時間允許,我也總想走進劇院...