日本庄川峽
雪(ゆき)の庄川峡(しょうがわきょう)— 静寂(せいじゃく)に包(つつ)まれる峡谷(きょうこく)
冬(ふゆ)の深(ふか)まりの中(なか)、私は庄川峡(しょうがわきょう)を訪(おとず)れた。
山々(やまやま)は白(しろ)く覆(おお)われ、谷(たに)は静(しず)かに息(いき)をひそめている。
船(ふね)に乗(の)り、ゆっくりと峡谷(きょうこく)を進(すす)むと、両岸(りょうがん)の断崖(だんがい)に積(つ)もる雪(ゆき)が、まるで時(とき)を止(と)めたかのように動(うご)かない。
水面(すいめん)は深(ふか)い緑(みどり)を湛(たた)え、その静(しず)けさは音(おと)を吸(す)い込(こ)んでしまうようであった。
時折(ときおり)、雪(ゆき)が枝(えだ)から落(お)ち、水(みず)に触(ふ)れては小(ちい)さな波紋(はもん)を広(ひろ)げる。
その一瞬(いっしゅん)の動(うご)きが、かえってこの場所(ばしょ)の静寂(せいじゃく)を際立(きわだ)たせる。
谷(たに)の奥(おく)へ進(すす)むにつれ、風景(ふうけい)は次第(しだい)に単純(たんじゅん)となり、白(しろ)と水(みず)と岩(いわ)だけが残(のこ)る。
余分(よぶん)なものが削(そ)ぎ落(お)とされ、心(こころ)もまた静(しず)かに整(ととの)っていく。
結(むす)び
庄川峡(しょうがわきょう)の雪(ゆき)は、ただ冷(つめ)たいのではなく、すべてを包(つつ)み込み、静(しず)けさへと導(みちび)くものであった。
動(うご)かないように見(み)える景色(けしき)の中(なか)で、確(たし)かに流(なが)れているものがある。
その流(なが)れを、ただ静(しず)かに感じ取(かんじと)る旅(たび)であった。