長野縣之二
長野県(ながのけん)は、春(はる)に訪(おとず)れると、山(やま)の冷(つめ)たい空気(くうき)がやわらぎ、光(ひかり)と緑(みどり)が少(すこ)しずつ町(まち)へ降(お)りてくる場所(ばしょ)です。雪解(ゆきど)けの水(みず)が澄(す)み、歩(ある)くたびに呼吸(こきゅう)が深(ふか)くなります。
春(はる)の善光寺(ぜんこうじ)では、参道(さんどう)の石畳(いしだたみ)にやわらかな日差(ひざ)しが落(お)ち、香(こう)の匂(にお)いと人々(ひとびと)の足音(あしおと)が静(しず)かに重(かさ)なります。境内(けいだい)を歩(ある)くだけで、心(こころ)が自然(しぜん)と整(ととの)っていきます。
松本(まつもと)では、黒(くろ)い輪郭(りんかく)が印象的(いんしょうてき)な松本城(まつもとじょう)が、春(はる)の空(そら)に凛(りん)と立(た)ちます。城下町(じょうかまち)を散策(さんさく)し、橋(はし)の上(うえ)から堀(ほり)の水面(みなも)を眺(なが)めると、旅(たび)の歩調(ほちょう)がゆっくりと落(お)ち着(つ)いてきます。
山(やま)へ向(む)かえば、上高地(かみこうち)の春(はる)は透明(とうめい)です。梓川(あずさがわ)の清(きよ)らかな流(なが)れ、芽吹(めぶ)き始(はじ)めた木々(きぎ)、遠(とお)くに連(つら)なる稜線(りょうせん)。言葉(ことば)を必要(ひつよう)としない静(しず)けさが広(ひろ)がっています。
軽井沢(かるいざわ)では、森(もり)の道(みち)を歩(ある)き、カフェで一息(ひといき)つく時間(じかん)が、春(はる)の長野(ながの)らしい余白(よはく)になります。新(あたら)しい季節(きせつ)を迎(むか)える空気(くうき)が、町(まち)全体(ぜんたい)をやさしく包(つつ)みます。
食(しょく)の楽しみも、春(はる)の長野県(ながのけん)には欠(か)かせません。信州(しんしゅう)そばの香(かお)り、山菜(さんさい)のほろ苦(にが)さは、冬(ふゆ)を越(こ)えた大地(だいち)の息吹(いぶき)を伝(つた)えます。一口(ひとくち)ごとに、この土地(とち)の春(はる)が広(ひろ)がっていきます。
一日(いちにち)の終(お)わりには、温泉(おんせん)の湯(ゆ)に身(み)を沈(しず)め、旅(たび)の疲(つか)れを静(しず)かに解(ほど)きます。春(はる)の長野県(ながのけん)は、名所(めいしょ)も美食(びしょく)も控(ひか)えめに寄(よ)り添(そ)い、また訪(おとず)れたくなる余韻(よいん)を残(のこ)します。























































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































